会社の貸与物を破損・紛失した場合のルール:非正規雇用者の責任範囲
会社の備品や貸与されたノートパソコン、制服などをうっかり壊してしまったり、紛失してしまったりした場合、「弁償しなくてはならないのか」「給料から天引きされてしまうのか」と不安に感じられる非正規雇用の方もいらっしゃるかもしれません。
結論から申し上げますと、労働者が業務中に会社の物を破損・紛失した場合、原則としてその損害の全額を賠償する義務はありません。また、罰金として給与から一方的に天引きされることも、原則として労働基準法で禁止されています。
このページでは、非正規雇用の方が会社の貸与物を破損・紛失した場合に知っておくべき労働者の責任範囲と、法律上のルールについて解説します。
労働者の賠償責任はどこまでか
労働者が業務中に会社の物に損害を与えた場合、民法上の不法行為責任や債務不履行責任が問われる可能性はゼロではありません。しかし、実際の裁判例では、労働者が会社に対して負う賠償責任は、限定的に解釈されることが一般的です。
これは、労働者が業務を遂行する上で、ある程度のミスや不注意は避けられないものと考えられているためです。会社は事業活動によって利益を得る一方で、事業に伴うリスク(労働者の軽微なミスによる損害など)も負担すべきである、という考え方(使用者責任)があります。
具体的には、以下のような要素が考慮され、労働者の賠償責任の範囲が決まります。
- 労働者の過失の程度: 故意によるものか、重大な過失(少し注意すれば防げたにも関わらず、著しく不注意であった場合)によるものか、あるいは軽微な過失(誰にでも起こりうるような不注意)によるものかによって、責任の重さが変わります。軽微な過失による損害の場合、労働者が賠償責任を負わないとされるケースが多くあります。
- 会社の教育・管理体制: 会社が十分な教育や指示を行っていたか、事故を防ぐための安全対策や管理体制が整っていたかなども考慮されます。会社の管理に不備があったと判断されれば、労働者の責任は軽減されます。
- 損害の性質と規模: どのような物がどれくらいの価値があり、どれくらいの損害が発生したか。
- 労働者の地位や業務内容: どのくらいの裁量権がある業務だったかなども考慮されることがあります。
これらの事情を総合的に判断し、裁判所が労働者に損害賠償を命じる場合でも、損害額の全額ではなく、その一部に限定されることがほとんどです。特に、軽微な不注意による破損・紛失であれば、賠償責任が発生しない可能性が高いと言えます。
罰金や給与からの天引きは許されるのか
会社の備品などを壊したりなくしたりしたことに対して、会社が労働者に罰金を科したり、給与から一方的に損害額を天引きしたりすることは、労働基準法によって厳しく制限されています。
労働基準法第16条(賠償予定の禁止)
労働基準法第16条では、労働契約を締結する際に、労働者が労働基準法に違反した場合などに違約金を定めたり、損害賠償額を予定する契約をしたりすることを禁じています。
これは、労働者が安心して働けるように、将来の損害発生を理由に多額の違約金や賠償金をあらかじめ約束させられることを防ぐための規定です。備品の破損・紛失についても、あらかじめ「〇〇を壊したら〇万円弁償」のような取り決めをしておくことはできません。
労働基準法第24条(賃金の支払い)
労働基準法第24条では、賃金は原則として通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならないと定めています(賃金全額払いの原則)。
この原則に基づき、会社が労働者の同意なく、一方的に損害額や罰金などを給与から天引きすることは、労働基準法違反となります。もし会社から天引きされた場合は、違法な控除として未払い賃金に該当する可能性があります。
ただし、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合、または労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合に限り、賃金の一部を控除して支払うことが認められています(労使協定に基づく控除)。しかし、この場合であっても、控除できる項目は税金や社会保険料、社宅費、労働組合費など、あらかじめ労使協定で定められたものに限られ、個人的な物の破損に対する損害賠償分などを一方的に控除することは認められません。
もし会社から請求されたら?
もし会社から備品の破損・紛失について賠償を請求されたり、給与から天引きすると言われたりした場合は、まずは落ち着いて対応することが重要です。
- 事実関係の確認: 何を、いつ、どのように破損・紛失したのか、状況を正確に整理しましょう。故意や重大な過失ではなく、通常の業務の中で発生した軽微な不注意によるものであれば、賠償責任は限定的であることを理解しておきましょう。
- 会社の主張を確認: 会社がどのような根拠で、いくらの賠償を求めているのか、また給与からの天引きについてどのように考えているのかを丁寧に確認します。
- 安易に全額弁償や天引きに同意しない: 全額賠償の義務は原則なく、給与からの天引きは法律で禁じられている場合がほとんどです。納得できない請求や、一方的な天引きには安易に同意の意思表示をしないようにしましょう。
-
相談する: 不安な場合や、会社の対応に疑問を感じる場合は、一人で抱え込まずに相談してください。
- 会社の就業規則や賃金規程を確認する。
- 労働組合に加入している場合は組合に相談する。
- 総合労働相談コーナー(厚生労働省)に相談する。専門の相談員が、労働問題に関する助言や情報提供を行います。
- 弁護士や司法書士に相談する(費用がかかる場合があります)。
まとめ
非正規雇用で働く方が会社の貸与物を破損・紛失した場合でも、原則としてその損害の全額を賠償する義務はありません。特に、通常の業務に伴う軽微な不注意によるものであれば、賠償責任が発生しない可能性が高いです。
また、会社が労働者の同意なく、罰金として、あるいは損害賠償として給与から一方的に天引きすることは、労働基準法違反となる行為です。
もし会社から過大な賠償を請求されたり、一方的な天引きをされたりした場合は、法律上のルールを知り、安易に同意せず、必要に応じて労働組合や公的な相談窓口に相談することが大切です。ご自身の権利を正しく理解し、冷静に対応を進めてください。