非正規雇用者の通勤災害:知っておくべき労災保険の対象と手続き
はじめに:通勤中の事故、非正規雇用でも労災は使える?
パート・アルバイトや派遣社員など、非正規雇用として働く方にとって、日々の通勤は避けられないものです。もし通勤中に事故に遭ってしまった場合、正社員であれば労災保険が使えるという話を聞いたことがあるかもしれません。では、非正規雇用の場合でも、通勤中の事故で労災保険は適用されるのでしょうか。
結論から申し上げますと、非正規雇用で働く方も、要件を満たせば通勤中の事故に対して労災保険が適用されます。通勤災害は、正社員か非正規雇用かといった雇用形態に関わらず、労働者であれば対象となりうる制度です。この制度について正しく理解しておくことは、万が一の事態に備える上で非常に重要です。
この記事では、非正規雇用の方が知っておくべき通勤災害の基本的な知識、労災保険が適用される範囲、受けられる補償、そして実際の申請手続きについて詳しく解説します。
通勤災害とは何か?業務災害との違い
労働者が業務上の理由や通勤中に負った負傷、疾病、障害、死亡に対して保険給付を行うのが労災保険(労働者災害補償保険)です。労災保険による災害は、大きく「業務災害」と「通勤災害」に分けられます。
- 業務災害: 労働者が事業主の支配・管理下にある状況で、業務が原因となって発生した災害です。例えば、職場で作業中に機械に巻き込まれた、客先への移動中に交通事故に遭ったなどがこれに該当します。
- 通勤災害: 労働者が通勤中に負った災害です。通勤とは、自宅と職場との間を、合理的な経路および方法により往復することを指します。
通勤災害は、業務そのものから離れているため、業務災害とは区別されますが、労働者の移動という業務に付随する行為中の災害として、労災保険の保護対象とされています。
どのようなケースが「通勤」と認められるか:通勤災害の要件
通勤災害として認められるためには、以下の要件を満たす必要があります。
- 労働者であること: 労災保険が適用される事業場で働くすべての労働者が対象です(雇用形態は問いません)。
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「通勤」の定義に合致すること: 以下のいずれかの移動が該当します。
- 住居と就業場所との間の往復
- 就業場所から他の就業場所への移動
- 単身赴任先と帰省先住居との間の移動(厚生労働省令で定める要件を満たす場合)
この移動は、就業に関するものである必要があり、また合理的な経路および方法によるものであることが求められます。
「合理的な経路および方法」とは
一般的に、自宅から職場まで日常的に利用している経路や、通常利用すると考えられる経路、または会社から指示された経路などが該当します。移動方法も、電車、バス、自動車、自転車、徒歩など、通常利用される方法であれば認められます。
ただし、業務の都合や、その日の天候・交通事情などにより、一時的に普段と異なる経路を利用した場合でも、それが不合理でない限りは合理的な経路とみなされます。
逸脱または中断に注意
通勤の途中で、本来の経路を外れたり、移動を中断したりした場合、原則としてその逸脱または中断の間およびその後は「通勤」とはみなされません。その間に災害が発生しても、通勤災害とは認められない可能性があります。
例: * 通勤途中に映画館に立ち寄る(逸脱) * 通勤経路上の飲食店で夕食を済ませる(中断)
ただし、日用品の購入その他厚生労働省令で定める日用品の購入その他これに準ずる行為であってやむを得ない事由により行うもの(例:経路上のコンビニで飲み物を買う、クリーニング店に立ち寄るなど)のための最小限度の逸脱・中断は、合理的な経路から外れたとみなされず、その後の移動は再び「通勤」とみなされます。
ご自身の状況が通勤災害に該当するか判断に迷う場合は、後述する相談窓口などに確認することをお勧めします。
通勤災害と認定されたら受けられる労災保険給付
通勤災害と認定されると、労災保険から必要な保険給付を受けることができます。主な給付は以下の通りです。
- 療養給付: 病院での治療費や薬代などが支給されます。労災指定病院で治療を受ければ窓口負担はありません。
- 休業給付: 通勤災害による負傷や疾病の療養のため労働ができない状態にあり、賃金を受けていない場合に支給されます。休業4日目から、給付基礎日額の約80%が支給されます(会社から一部補償がある場合は調整されます)。
- 傷病年金: 療養開始後1年6ヶ月を経過しても傷病が治癒せず、傷病等級に該当する場合に支給されます。
- 障害給付: 傷病が治癒し、障害等級に該当する障害が残った場合に支給されます。
- 遺族給付: 通勤災害により労働者が死亡した場合に、遺族に対して支給されます。
- 葬祭料: 通勤災害により労働者が死亡した場合に、葬祭を行う方に対して支給されます。
これらの給付は、労働者やその遺族の生活を保障するためのものです。非正規雇用だからといって給付内容が少なくなるということはありません。
通勤災害発生時の対応と申請手続き
万が一、通勤中に事故に遭ってしまった場合の対応と、労災保険の申請手続きの基本的な流れは以下の通りです。
- 救護と安全確保: まずは自身の安全を確保し、負傷している場合は救急車を呼ぶなどして救護を受けてください。
- 警察への連絡: 交通事故の場合は、必ず警察に連絡し、事故証明書を作成してもらってください。
- 会社への報告: 事故に遭ったこと、通勤災害として労災保険の手続きを行いたい旨を、速やかに会社に報告してください。
- 病院での受診: 労災保険で治療を受ける場合、原則として労災指定病院を受診します。初めて受診する際は、事業主から受け取った労災保険給付関係請求書(様式第16号の3など)を病院に提出します。
- 労働基準監督署への請求: 災害の種類や受けたい給付に応じた所定の請求書を作成し、会社の所在地を管轄する労働基準監督署長に提出します。請求書の作成には、事業主の証明(災害の事実確認など)が必要となります。
- 労働基準監督署による調査・決定: 請求書の内容に基づき、労働基準監督署が事故の状況や通勤経路、負傷の程度などを調査し、労災認定の可否を決定します。
- 保険給付の支給: 労災認定された場合、請求に基づき保険給付が支給されます。
請求書の用紙は、厚生労働省のウェブサイトからダウンロードできるほか、労働基準監督署でも入手可能です。手続きについて不明な点があれば、労働基準監督署や会社の担当者に確認しながら進めることが大切です。
非正規雇用の方が注意すべき点
非正規雇用の方でも、通勤災害における労災保険の扱いは基本的に正社員と同じです。賃金の算出方法(給付基礎日額)については、日給制や時給制の場合でも、労働基準法に基づく平均賃金などを基に適切に計算されます。
ただし、会社によっては労災保険に関する手続きに不慣れな場合や、非正規雇用であることを理由に協力を渋るケースも残念ながらゼロではありません。しかし、労災保険の手続きにおける事業主の協力(請求書の証明など)は法的な義務です。もし会社が非協力的である場合は、一人で抱え込まずに労働基準監督署などの専門機関に相談してください。
まとめ:万が一に備えて、労災保険の知識を身につけましょう
非正規雇用で働く方も、通勤中の事故は他人事ではありません。通勤災害は労働者の基本的な権利として労災保険による保護の対象となっています。通勤災害の定義や要件、そして万が一の際に受けられる給付や申請手続きの流れを事前に知っておくことは、大きな安心に繋がります。
もし通勤中に事故に遭われた場合は、まずは安全を確保し、関係機関への連絡、そして会社への報告を忘れずに行ってください。手続きを進める上で不安な点や疑問があれば、最寄りの労働基準監督署や、労働条件相談ほっとラインなどの専門機関に相談することをお勧めします。正しい知識と適切な対応で、ご自身の権利を守りましょう。