非正規雇用者が掛け持ちする際の労働時間・社会保険の注意点
複数の職場でパートやアルバイトを掛け持ちして働く非正規雇用者は多くいらっしゃいます。掛け持ちは収入を増やしたり、多様な経験を積んだりできるといったメリットがある一方で、知っておくべき労働時間や社会保険に関する注意点が存在します。これらのルールを理解しておかないと、健康面での負担が増加したり、社会保険への加入が正しく行われなかったり、思わぬ税金の支払いが発生したりする可能性があります。
この記事では、非正規雇用者が複数の事業所で働く際に留意すべき労働時間や社会保険、税金に関する基本的なルールについて解説します。自身の働き方と照らし合わせながら、適切に対応するための知識を身につけていきましょう。
掛け持ちした場合の労働時間ルール:各事業所ごとの判断が基本
労働基準法で定められている労働時間(法定労働時間:原則1日8時間、週40時間)や休憩、休日に関する規制は、原則として「1つの事業所」での労働時間に対して適用されます。つまり、複数の事業所で働いている場合でも、それぞれの事業所における労働時間が法定労働時間の範囲内であれば、直ちに労働基準法違反となるわけではありません。
- 週40時間の考え方 例えば、A事業所で週25時間、B事業所で週20時間働いている場合、合計では週45時間となりますが、労働基準法上の週40時間の法定労働時間規制は、原則としてA事業所、B事業所のそれぞれに対して適用されます。A事業所、B事業所のいずれも単独で見れば週40時間以内であるため、この働き方自体が労働基準法に違反するとは限りません。
- 休憩・休日 休憩や休日についても、原則としてそれぞれの事業所ごとに判断されます。1日の労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩が必要です。週に1日以上の休日(法定休日)も、それぞれの事業所で与えられることが原則です。
- 残業に関する注意点 それぞれの事業所での労働時間が法定労働時間(週40時間など)を超えた場合、その超えた時間に対しては各事業所が割増賃金(残業代)を支払う義務があります。ただし、労働時間を通算して時間外労働の規制を適用する場合もあります(労働安全衛生法等)。自身の健康管理のためにも、複数の事業所での合計労働時間が過労死ラインとされる時間(例えば、週合計40時間を超える時間外労働が月に80時間を超えるなど)に近づいていないか、注意深く確認することが重要です。
掛け持ちした場合の社会保険加入ルール:種類によって扱いが異なる
社会保険には、健康保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険などがあります。複数の事業所で働いている場合、これらの保険への加入ルールは保険の種類によって異なります。
- 健康保険・厚生年金保険 パート・アルバイトの方が健康保険や厚生年金保険に加入するためには、いくつかの条件(週の所定労働時間、月の所定内賃金、勤務期間見込み、従業員規模、学生かどうかなど)を満たす必要があります。 複数の事業所で働き、それぞれの事業所単独では加入条件を満たさない場合でも、合計の労働時間や賃金で加入条件を満たすことがあります。また、複数の事業所で加入条件を満たす場合もあります。 健康保険と厚生年金保険は、原則として1人1つの事業所でしか加入できません。複数の事業所で加入条件を満たす場合や、合計で加入条件を満たす場合は、最も労働時間や賃金が多い「主たる事業所」で加入手続きを行い、「健康保険・厚生年金保険被保険者所属選択届・二以上事業所勤務届」を年金事務所に提出する必要があります。この届出により、複数の事業所からの給与を合算した標準報酬月額に基づいて保険料が計算されます。手続きは労働者自身が行う必要があります。
- 雇用保険 雇用保険は、複数の事業所で働いている場合でも、原則として「主たる生計を維持している事業所」、つまり賃金や労働時間が多い事業所でのみ加入できます。両方の事業所で雇用保険の加入条件(週20時間以上の労働、31日以上の雇用見込みなど)を満たしている場合でも、重複して加入することはできません。どの事業所で加入するかは、ハローワークの判断となります。
- 労災保険 労災保険は、労働者が業務上や通勤中に負ったケガや病気に対して保険給付を行う制度です。パート・アルバイトを含め、労働者を一人でも雇用する事業所には加入義務があります。 複数の事業所で働いている場合、すべての雇用されている事業所で労災保険が適用されます。万が一、業務災害や通勤災害が発生した場合、複数の事業所の賃金を合算して給付額が算定されるため、単独の事業所で働くよりも手厚い補償を受けられる可能性があります。
掛け持ちした場合の税金(源泉徴収・確定申告)
複数の事業所から給与を受け取る場合、税金についても注意が必要です。
給与所得者は、通常、扶養親族等の状況を記載した「給与所得者の扶養控除等申告書」を勤務先に提出します。この申告書を提出した勤務先(通常は主たる勤務先)では、「甲欄」という税額表に基づいて源泉徴収が行われます。 一方、この申告書を提出していない勤務先(従たる勤務先)では、「乙欄」という税額表が適用され、甲欄よりも高い税率で源泉徴収が行われます。これは、複数の勤務先からの収入がある場合に、税金が不足しないようにするためです。
年末調整は、原則として「給与所得者の扶養控除等申告書」を提出している主たる勤務先でしか行えません。複数の事業所から給与を受け取っている場合、主たる勤務先で年末調整を行っても、従たる勤務先の収入は合算されません。そのため、年間の合計所得金額に基づいて税金を正しく計算し直すために、原則としてご自身で確定申告を行う必要があります。確定申告を行うことで、納めすぎた税金が還付されることもあります。
まとめ:賢く働くための注意点と相談先
非正規雇用で複数の仕事を掛け持ちする際には、労働時間管理、社会保険への加入状況、そして税金について正しく理解することが非常に重要です。
ご自身の健康を守るためにも、全ての勤務先での合計労働時間を把握し、無理のない働き方を計画しましょう。また、社会保険の加入条件を満たしているか確認し、必要に応じて適切な手続きを行うことで、万が一の病気や失業に備えることができます。税金に関しても、確定申告が必要になるケースがあることを認識し、事前に準備を進めることが大切です。
もし、ご自身の労働条件や社会保険の加入状況、税金について不明な点や不安な点があれば、一人で抱え込まず、公的な相談窓口を利用することをおすすめします。労働時間や賃金に関しては労働基準監督署、社会保険に関しては年金事務所や健康保険組合、雇用保険に関してはハローワーク、税金に関しては税務署がそれぞれ相談先となります。
自身の権利とルールを正しく理解し、安心して働くための一歩を踏み出しましょう。